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「あ」げあしとりの……
「揚げ足とり」の「揚」の字には一生なじめない
「揚げ足とり」の語源は、すもう等で地面を離れた相手の足をとる技が由来とされる。そこまではとても納得がいっても、「揚」ってどうなんだ。「揚げ」というとどうしても油物のおいしいものというイメージばかりが先行する。「足を揚げる」と書くともう鶏の唐揚げのことしか思い浮かばない。こうした人間の心の弱さをあらわすことわざ。
(2007.10.29) 「い」んかんを……
印鑑をまっすぐ押せる奴はデキるビジネスマン
印鑑を正確に上下正しく押せたためしがない。印鑑とはいくら注意しても必ず微妙に曲がって押されてしまうものだ。または、全体の1/3ぐらいが妙に薄くなるように。転じて、自然に印鑑をきれいに押せる者はなにかしら凄腕であるという思い込みを示す格言である。
(2007.10.31) 「う」つわのだいしょうを……
器の大小を自分と海で比べるな
この海と比べたら自分なんて小っちぇえなあ。よく言う話だが、そもそも海と人間を比べる段階で比較対象がおかしくはないか。かたや無生物、かたや生物の一個体である。前提として成り立っていない。そんな条件下の比較で、なにかをわかった気になることこそが間違いである。そんな屁理屈をうたった格言。
(2007.11.02) 「え」すかえむかだけで……
SかMかだけで人を分けるのは無理がある
どちらかといえばSか、あるいはどちらかといえばMか。さらりと聞かれることのある話題だが、さらりと答えるのにはためらいがある。確固たる嗜好を持っている人もいるだろうが、「どちらかといえばと言われても」レベルのどっちつかずの人だっているのだ。というかこの選択はむしろどっちも選びたくない選択肢とはいえまいか。どっちに答えても妙なレッテルが貼られるばかりで得るものがないのではないか。そんな松本人志的な文化人類学に一石を投じることば。
(2007.11.07) 「お」つりをすくなく……
お釣りを少なく渡されたら、募金したと思って泣き寝入るべし
これ、足りないと思うんですけど。その一言を言うにはもう遅い。もうレジから一歩離れてしまったしレシートはもらっていなかったしレジにはすでに他の客が立っているのだ。手にした少ないお釣りをそっと財布に入れ、静かにそこを去ろう。そんな人生に対する諦観をあらわした格言。
(2007.11.08) 「か」ずだんすの……
カズダンスのマネを平気でしていたあの頃の自分を忘れるな
栄枯盛衰、諸行無常。何事にも始まりと終わりはある。そんな話はともかくとして、かつての自分を客観視してなおかつ誇れるような人間たれ。そんないましめを説くことば。「カズダンス」の部分はジェネレーションに応じて適当に替えても良い(例:「テツandトモ」など)。
(2007.11.12) 「き」たいはずれのぷれぜんとを……
期待外れのプレゼントをもらっても、オスカーを逃した俳優の作り笑顔を見習え
オスカーを逃したと思えば、プレゼントが期待外れだったことなど何ほどのことがあるだろうか。ノミネートされた5人の俳優たち。カメラが彼らの顔を順に追う中、プレゼンターが封を切り受賞者を発表する。「受賞者は、××です!」 その瞬間の他の4人の顔こそが見習うべき姿である。そんな人生のきびしさと心構えを説いたことば。
(2007.11.13) 「く」じびきになったじてんで……
クジ引きになった時点で敗北を覚悟せよ
はずれを引く確率が何分の1だろうが、はずれを引くのが何人のうち1人だけだろうが、はずれを引くのはおおむね自分である。これはクジ引きにかける情熱が高まれば高まるほど、より強まる。そんな世の無常とネガティブシンキングを示す格言。
(2007.11.15) 「け」んかじまんは……
ケンカ自慢は全員に酒が十分回ったことを確認してから
まず第一に、しらふの相手にはケンカ自慢が嘘八百ということがまるわかりである。 第二に、ケンカ自慢をしたいというテンションになった時点で本人は泥酔しているはずだが、そのそばにしらふの人間がいたとしたらその時点で問題である。 そして最後に、しらふの人間は誰も他人のケンカ自慢など聞きたくはない。 結論としてケンカ自慢はそもそもしないでおいた方が無難、という先人の智慧をあらわすことば。
(2007.11.19) 「こ」ーじーとみたのほんみょうが……
コージー冨田の本名が冨田弘司だからと言って、イジリー岡田にもそれを求めるのはお門違い
コージー冨田が「とみたこうじ」、ならばイジリー岡田は「おかだいじり」か? 無論そんなことはあるまい。人は芸人に多くを求めがちだが、なにごとにも限度はある。そういう問題以前に、まず常識の範疇でものを考えよ。というわりと当然の心構えをあらわすことば。
(2007.11.21) 「あ」したもわーぷろを……
明日もワープロを使う父
国内主要メーカーがワープロ専用機から撤退してすでに7年。いまや世間はWindowsでありWordである。 そうは言ってもワープロ専用機から撤退して7年でありいいかげんハードの寿命も近い。父のワープロが壊れるのが先か、それとも父の気が変わるのが先か。チキンレースのゴールは近付いているのだ。
(2008.03.20) 「い」のくまさんや……
猪熊さんや美作さんはいい迷惑を被っている
毎日届く迷惑メール。ことによると同じ内容で1日に何通も届く。その中にはどういうつもりなのか、差出人や書き出しが個人名で書かれている迷惑メールというものがある。 毎日届く「猪熊です」「美作でございます」。それをいちいちゴミ箱に捨てるとき、人は静かな怒りをおぼえるのだ。何が猪熊だ。何が美作だ。迷惑メール業者め。しかし、ここで気の毒なのは全国の罪なき猪熊さんであり美作さんである。彼らは何もしていないのに、なまじ迷惑メールが特定の名字を、それも何ヶ月にもわたって使い続けるおかげで全国のPCユーザーからイラッとこられているのだ。
(2008.03.25) 「う」んがあればたいていの……「え」んけんと……
エンケンとエノケンの違いに気を付けよ
エンケンといえば遠藤賢司、日本のロック史における重要人物であり、今なお精力的に活動を続けるミュージシャンである。 ついでに言えば線を一本足すだけで巨乳漫画『エイケン』になってしまう。色々問題である。
(2008.04.01) 「お」かさーふぁーを……
陸サーファーを「りくサーファー」と読む誘惑
陸サーファーとは俗に、サーフィンをせずに格好だけサーファー風を気取るやからを揶揄まじりによぶことばであるが、それはこのさいどうでもいい。問題は陸サーファーの字が「おかサーファー」というよりも「りくサーファー」と読みやすいというその点である。
(2008.04.03) 「か」いぱんはたとえ……
海パンはたとえ真水のプールでも海パン
海水パンツ、あるいは略して海パン。
(2008.04.08) 「き」らこうずけのすけ……
吉良上野介は「ずけのすけ」という部分が読みにくい
「忠臣蔵」の悪役としてよく知られる吉良上野介(きら・こうずけのすけ)の「上野介」の部分の読みづらさといったらどうだ。 ちなみに誤解されることもあるが、「上野介」はそもそも位であり名前ではない。本名は吉良義央(きら・よしなか / よしひさ)という。もはや読み方すらはっきりとしていない。もうこのさい「よしお」ではどうだ。
(2008.04.10) 「く」しんさんたんと……
苦心惨憺と書くと本当に苦しそう
苦心惨憺。言葉の意味はいったんおいておき、とりあえず文字の形がつらそうである。もはや絶望的なイメージしかわかない。
(2008.04.15) 「け」んだまは……
けん玉はあかぬけていない
けん玉は剣玉とも書き、段位制度をもち各地で競技会が開かれる隠れた人気スポーツであるが、そういう面とは無関係にあかぬけたイメージがない。この原因はすなわち、「糸でゆわえてある」という根本的なアナログ感に起因する。どんなエクストリームな大技を決めたところで、ふと我に返ったときそこに見えるのはぶらりと垂れ下がった糸である。たしかにこれはあかぬけていない。
(2008.04.17) 「こ」いきなじょーくは……
小粋なジョークは口に出すと小粋ではない
「ジョーク集」が常に書店の一角を占め続けるように、小粋なジョークには普遍的な魅力がある。しかしそこに載っているジョークを実際に口に出すのはどうか。
(2008.04.22) 「あ」んいなきかくも……
安易な企画も三度まで
「あ」から始まり「わ」に終わるこの企画も気付けば3周目である。「50音あれば50回は更新ができる」というきわめて安直な意図で始まった企画もはや3度目である。誰が許さずとも天は許すまい。 悪がのさばる世の無常をたとえることば。4度目があるかどうかはさだかではない。
(2008.08.28) |
今朝本当にありました……orz
(2007.11.13)