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「ま」じぜんかんを……
『本気(マジ)!』全巻を一気買いできるぐらいが正しい「本気」のテンション
人はしばしば軽はずみに「本気で」等と口走ってしまうが、本気とはそんな軽い思いではあるまい。
(2008.01.31) 「み」もーやくの……
ミモー役のちはるは現在インテリアデザインからカフェ経営まで幅広く活躍中
20代以上の人間にはタレントのちはるさんといえば、1991年のヒット企画物シングル『マモー・ミモー野望のテーマ 〜情熱の嵐〜』で知られる怪人「ミモー」の奇抜なメイクのキャラクターの印象がいまだに強いという。 なお余談であるが『マモー・ミモー野望のテーマ 〜情熱の嵐〜』はかのFAIRCHILDでの活躍でも知られる名作曲家/音楽プロデューサーの戸田誠司氏の作曲であることもつけ加えておく。
(2008.02.05) 「む」げいたいしょくという……
無芸大食という言葉はいくらなんでもあんまり
「ものはよく食べるが何ひとつとりえがない」ということを無芸大食という。ひどすぎはしないか。ひとつとしてほめている所がない。 たとえば「うどの大木」にはまだ光るなにかがある。うどはおいしく、薬にもなる。そこに救いが残されているが、「無芸大食」にはそんな気配がない。「酒嚢飯袋」にいたっては無芸大食の上にさらに負の属性をつけ加えている。あんまりである。 人として無芸大食と言われないように気を付けたいといういましめのことば。また転じて、酒嚢飯袋と言われることは普通ないだろうが、だからこそ言われるとしたらよっぽどのことだというおしえ。
(2008.02.07) 「め」りーくりすますと……
「メリークリスマス」と君は真顔で言えるか
重要なのは真顔である。いったい真剣に「メリークリスマス」というべき場面が人生にどれだけあるというのだろう。 「メリークリスマス」と口に出す時、決して真顔でいてはならない。それは場違いであるか失笑ものであるからだ、といういましめ。
(2008.02.12) 「も」はやせんごでは……「や」っぴーということばは……
ヤッピーという言葉は結局定着しなかった
ヤッピー (yuppie) とは80年代にアメリカで生まれた言葉で、ヒッピーの反対、都会に住み高級ファッションを着こなすエリート層を意味する。日本でもバブル期にややもてはやされた言葉であるが、しかしヒッピーと違ってヤッピーは日本ではいまだにまったく定着していない。 ヤッピーという言葉の最大の問題は、言葉の意味を知らない人に聞かれたら恥ずかしいというところにあるのではないか。都会的な富裕層という意味で「ヤッピーはさあ……」と言っているのに、相手には「『ハッピー』と『やったー』の合成語? うわあ」と思われかねないという恐怖。そんな目で見られるなど屈辱である。その危険を冒したくないから人は決して「ヤッピー」と口にはしないのだ。 ヤッピーという言葉は結局定着しなかった。ビジネスや学業で何かの必要が生じて「ヤッピー」という言葉を使う必要が出てきた時に、この事実をあらためてもう一度確認すべきである。そんないましめのことば。
(2008.02.19) 「ゆ」かという……
「ゆか」という競技名はストレートすぎる
床でおこなう運動だから「床」。漢字では「とこ」と読み間違えやすいので平仮名で「ゆか」と表記することが多く、また単なる床そのものと区別するために「ゆか運動」と表現することもあるが、それ以前に根本的に「床でおこなう運動だから『ゆか』」というそのストレートすぎる発想に問題がありはしないか。 そもそも「ゆか」というおよそどこにでもある物を競技名にする時点で問題であろう。いまあなたの足下にあるそれも、おそらくゆかである。あん馬、つり輪、段違い平行棒、これらがいまあなたの目の前にある可能性は限りなく低いが、ゆかはおおむねどこにでもある。 言葉を飾りすぎることは醜いが、だからといってあまり工夫をしないのも考えものであるというおしえ。
(2008.02.21) 「よ」っちゃんからの……
「ヨッちゃん」からの卒業
いまギタリスト野村義男氏を「ヨッちゃん」と呼ぶ人は少ない。田原俊彦・近藤真彦両氏が「トシちゃん」「マッチ」と呼ばれ続けることと対照的である。元たのきん出身でそれぞれの道を歩む三者だが、「ヨッちゃん」という愛称だけが消え行こうとしている。 転じて、同窓会などで旧友をあだ名で呼ぶのも考えものであるというおしえ。もう旧友もいい歳である。男、不惑の四十歳を過ぎて「まつポン」でもあるまい。
(2008.02.26) 「ら」っぷのにほんご……
ラップの日本語訳詞はしばしばキツい
洋楽ヒップホップアーティストのCDにときどき訳詞が付いてくることがあるが、特にラップが認知され始めた時代の訳詞はおおむねキツい。原語でなければ通じないライムや適訳がないスラングを訳することにそもそも無理があるのだが、その無理を通そうとした結果、そこに単なる苦しい駄洒落や妙な言い回しが生まれる。もはやそれはただのダジャレばかり言う言葉づかいのおかしい人であって、断じてギャングスタではあるまい。 原曲の良さを最大限に引き出そうとした結果生まれるのが、ダジャレばかり言う言葉づかいのおかしい人という皮肉。おそらくラップを訳する時には、ある程度ライムやスラングを無視する思いきりが必要なのであろう。すべてを望んで手に入れられるのはまちがいであるとする教訓。
(2008.02.28) 「り」んきおうへんに……
臨機応変に寝る
人はつねに白い布団で眠れるとは限らない。ときに電車で、ときに公園のベンチで。あるいはクラスで、そしてまた社内でも。
(2008.03.04) 「る」のじはみればみるほど……
「ル」の字は見れば見るほど「ノレ」に見える
「る」が「のれ」に見える。こうして平仮名で書くとかなり異常な事態だとわかる。「る」が「のれ」に見えたら問題であろう。 カタカナはまぎらわしい。ことによると大人になってもいまだまぎらわしい。いい大人は「ろ」を「くち」と読まないよう気を付けねばならないという格言。
(2008.03.06) 「れ」んげのはなの……「ろ」くぶんぎについて……
六分儀についていくら説明されてもよくわからない
六分儀とは中世から今も使われる鏡の反射を利用した計測器具で、緯度・経度や星の高さを調べることができ、主に航海や天体観測に使われる。これをモチーフにした六分儀座という星座もある。 しかし具体的に「対象を望遠鏡の視界にとらえた状態でハンドルを調整し水平線と対象の高さを合わせ、その時点での目盛と時間から測定する」と使い方を言われてもますますわからなくなるばかりである。形を見ても混乱するばかりだ。もう六分儀のことが何もわからない。 ときとして人には決して越えられない壁があるというたとえ。
(2008.03.13) 「わ」かぱいという……
ワカパイという呼び名に違和感を覚えよ
グラビアアイドルの愛称はときとしてやりすぎである。 是非はともかくとして、ワカパイという呼び名には常に違和感を覚えなければならない。我々の常識はつねに危機にさらされているのだとする警句。
(2008.03.18) 「ま」ずかいよりはじめよ……
「まず隗より始めよ」という言葉にしっくりこない
ことわざの「まず隗より始めよ」とは、事を始めるときには言い出しっぺが最初にやるべし、という教えである。それにしては言葉の意味がわかりづらい。 そもそも「隗」からして固有の人名である。広く世にあてはまることわざとして、いきなり個人名を出されてもぴんとくるまい。だいいちその隗自身、このエピソードでは別に言い出しっぺではないのである。言い出したのは燕の昭王であって隗は王にアドバイスした立場である。 もともと「まず隗より始めよ」は、「手近なことから手をつけよ」という教えだったという。それなら意味が通じる。ところが時がたつにつれ、意味が変じてしまったのが今のことわざであるという。
(2008.07.10) 「み」んなのなかに……
「みんな」の中に自分はいない
「みんなの頑張りで完成しました!」や「どうしたの? みんな心配してたんだよ」や「みんながそう言ってましたー」などの「みんな」の中に、おうおうにして自分は含まれていないものである。 そんな後ろ向きすぎる考えをしめすことば。転じて、責任を自分以外に押し付けるやり方のたとえ。どっちにしても後ろ向きである。
(2008.07.15) 「む」りょうたいすうの……
無量大数のすごみ
「無量大数」は数字の位(くらい)である。 「無量大数」という言葉の段階ですでに他を寄せつけないパワーがあるが、実は1無量大数が具体的にどのくらいの量なのかよくわかっていないという凄い事実がある。 あまりにも巨大なものはそれだけで人を圧倒し、本質が忘れられる。大事にとらわれて小事を見失ってはならないとするおしえ。
(2008.07.17) 「め」いきゅうははいって……
迷宮は入ってからが勝負
俗に犯罪事件が解決しないまま終わってしまう状況を、迷い込んで出てこれなくなった状態にたとえて「迷宮入り」と称する。
(2008.07.22) 「も」びー・でぃっくというと……
モビー・ディックと言うと立派そうだが
著名な文学小説『白鯨』に登場する巨大な鯨(くじら)「モビー・ディック」は、人間には支配も理解もできない巨大な力の象徴としてとらえられ、大自然や神のごとく人々を翻弄しときに無秩序な破壊をももたらす存在である。出版から五十年余が経った現在でもモビー・ディックの名は未知数で制御不能な力の比喩として使われる。 日本語において横文字がもつ力を示し、また横文字へのだまされやすさをいましめるおしえ。
(2008.07.24) 「や」みのなかの……
闇の中の闇鍋
闇鍋。鍋料理の一種といえるが、エンターテイメント要素として部屋の明かりを消して、参加者おのおの用意した具材をひそかに入れ、「食べてみるまで分からない」という状態をつくるのが特徴である。 闇鍋の言葉に酔って眼前の危機をみすごしてはならない。闇鍋にも公平な進行役を用意するなどの工夫が必要であるように、危険を看過しないことのたとえ。
(2008.07.29) 「ゆ」うやけは……
夕やけはタヤケにあらず
「夕焼け」すなわち日没で空が赤く見える現象を、「夕やけ」と書くと非常に「たやけ」とまぎらわしい。 誤解をおそれぬ勇気をたたえることば。あるいは、そもそもタヤケってなんだという問題。
(2008.07.31) 「よ」おとかほおとか……
Yo! とか Ho! とか言わなくなった
一時は Say Yo! といえばヒップであり Say Ho! すなわちギャングスタであった。しかし昨今、Yo Ho といえばそれはカリブのあらくれ海賊たちの歌でありジョニー・デップのものである。よもやデップはヒップホップではあるまい。 時流の移り変わりのたとえ。また「Yo Ho」で検索すると意外に天気予報や養蜂場がヒットすることから、思わぬ事態のたとえとしても使われる。
(2008.08.05) 「ら」ぶあんどぴーすの……
ラブ&ピースの意味は「愛と平和」
ラブ&ピース、言葉のひびきはさわやかで軽くハッピーなバイブスを感じるが、しかしLove And Peaceを素直に日本語訳すれば「愛と平和」である。愛、そして平和。愛のために人は苦しみ、愛こそが人生を動かす。平和運動があり、平和会議がある。重々しく、いたずらに使うことのはばかられるひびきである。カタカナ語と漢字の間にはこれほどの大きく長い川がよこたわる。 横文字のひびきにたやすく惑わされてはいけないという警句。
(2008.08.07) 「り」んしょうのさいごは……
輪唱の最後はいつも寂しい
小・中学校で多くの生徒が唱う「輪唱」は、複数のパートに分かれて時間をずらしながら同一の曲を歌う歌唱法である。 どれほど栄華を誇ったものにも終わりは来るというおしえ。
(2008.08.12) 「る」ーじゅのでんごんの……
ルージュの伝言の後始末
俗に男女の粋な別れ方として、女が男に悟られぬうちに別れの言葉を口紅で鏡などに書いて去っていく、というシチュエーションが挙げられる。 実際はこのシチュエーションの原典であるユーミンこと荒井由実(当時)の名曲『ルージュの伝言』は、浮気された女が家を出て行くという歌である。歌詞は浮気な男を懲らしめるという内容を軽やかに歌っており、その意味でルージュの伝言は効果的きわまると言うべきであろう。 浮気の怖さを示す言葉。また、後先を考えない行動をいましめるおしえ。
(2008.08.14) 「れ」ごにのこる……
レゴに残る歯形
レゴブロックといえば知らぬ者のないブロック玩具の王様である。バラエティ豊かな商品構成と、自在に組み合わせられる精緻なつくりに多くの少年少女が夢中になったことだろう。 人に歴史ありというように、レゴブロックからも人の歴史をくみ取ることができる。レゴに残る歯形は成長の証でもあるのだ。
(2008.08.19) 「ろ」ーれんつは……
ローレンツは偉人
物理学者ヘンドリック・アントン・ローレンツのもっとも有名な功績はローレンツ力(りょく)の発見であろう。それが何の意味かはよくわからなくても、だいたいそう言っておけばあっているものである。 ところで先ほどの関連検索の中には、実は物理学者ヘンドリック・アントン・ローレンツと関係ないものも混じっている。聞きかじりの知識で適当に言っていても、まあそれなりに何とかなるものだという不適切なおしえ。
(2008.08.21) 「わ」おんのなかに……
「和音」の中に五十音がひそむ
和音すなわちコードとは二つ以上の音を同時に鳴らしたときに合成される音であるが、そんなことはともかく「わおん」と発声すればそこに五十音の最後の文字「わをん」を見いだすことができる。もちろんかなりひどい部類のダジャレである。 気を抜けば思わず口をつくことがあるだけに、ダジャレは危険である。ものごとの最後をだいなしにしかねない。うかつな行動をいましめることば。
(2008.08.26) 「み」っくすべじたぶるの……
ミックスベジタブルの選民意識
ミックスベジタブルといえば一般にニンジン・コーン・グリーンピースの3種を材料とした料理で、その材料の色をいかした赤・黄・緑の3色が美しいとされる定番野菜料理である。 だからといってなんでも野菜をまぜこぜにした時の味はどうなるのか。
(2008.12.18) 「む」がーるていこくに……
ムガール帝国についてよく知るべき
人はどれほどムガール帝国について知っているだろうか。専攻はインド史ですとか歴史は得意科目ですとか、あとインド人ですとかいう場合のことはこの際考えないことにする。 教養を身につけよとのやや押しつけがましいおしえであり、またムガール帝国の「ムガー」の部分が単純に面白いというどうしようもない発見。近年では「ムガル帝国」とよぶことの方が多いことにも留意すべし。
(2008.12.24) 「め」んつとかいて……
面子と書いてめんこ
日本の伝統玩具あそび「めんこ」は、漢字では「面子」と書く。 そのルールの複雑さから主に大人の遊びとして知られる麻雀。かたや子供向けの遊びと考えられがちなめんこ。人は大人になるにつれて、
(2008.12.25) 「も」あいは……
モアイは謎めいている
イースター島の巨石人像、モアイは多くの謎に包まれている。 問題はこれほどよくわからないものであるにも関わらず、モアイが平気でいろいろな意匠に使われていることである。なぜかストラップになっていたりする。地方のみやげ屋で何の関係もないのに置物になっていたりする。なんだったら渋谷駅の南口に建っていたりすらする。
(2009.01.06) 「や」ぶをつつかねば……
やぶをつつかねば虎児を得ず
やぶ(草や雑木が生い茂るところ)をつつくと危険な蛇が出ることもあるので、みだりにやぶをつつくのは避けるべきである。そして、危険な虎穴に入らねば虎の子を得ることはできないので、目的のためならあえて危険をおかす価値もある。 問題は、目的と行為の関係を間違えた場合である。虎の子を得ようとしてやぶをつつく。もはや危険しかない。こんなやつが何かを得られるものか。
(2009.01.08) 「ゆ」うきとむぼうの……
勇気と無謀の違い
勇気と無謀は違う。君のそのおこないは、無謀であって勇気ではない。 「特に意味もなく飢えた野獣の群れに飛び込む」のはどう考えても無謀でしかないが、「けがを負った少年を救うため飢えた野獣の群れに飛び込む」とすれば、これは評価の分かれるところだろう。 勇気か無謀か論は、結果しだいで大きく左右される。事が起きる前に勇気か無謀かと言っては失敗するおそれがある。そんな事なかれ主義をとくおしえ。
(2009.01.13) 「よ」うかんいろは……
ようかん色はそれじゃない
「ようかん色」と言って、一般に人が思う色はそれぞれである。赤茶色か深い黒か、はたまた緑か。芋ようかんのイエローを、桜ようかんのピンクを思い出す人もいよう。 ようかん色はあなたがその名から想像した色ではない。ものごとの意外性のたとえ。
(2009.01.14) 「ら」いおんは……
ライオンは獅子を狩る時もレオを百獣の王にキングオブキングス
なんだかよくわからないが、群れの中でのボス争いは熾烈なようだ。 サバンナの過酷さと、群れを追放されたとはいえ腐っても百獣の王という矜持をあらわすことば。または、同義語を並べればいいというものではないという教訓。
(2009.01.16) 「り」きしたい……
力士vsおすもうさん
相撲をとることを職業にしている人を、「力士」とよぶ。一方で、「おすもうさん」ともよぶ。この差はなんだろう。 言い方ひとつで何もかもが変わって見えることのたとえ。
(2009.01.19) 「る」つぼを……
るつぼを見たことがない
よく「興奮のるつぼ」「人種のるつぼ」などと言う。さまざまなものが混ぜ合わさる様子をさしてこうよぶが、ところで「るつぼ」のなんたるかを我々は本当にわかって言っているのだろうか。 物質、主として金属を溶かす、または熱するための深皿を称してるつぼという。耐火性・耐熱性である。多くは磁器で作られるが、工業分野ではより安定性の高いアルミナ製のるつぼが新スタンダードとなりつつある。漢字で書けば「坩堝」である。実は「坩」と書いても「るつぼ」であるし「堝」と書いても「るつぼ」である。だからといって「坩堝」と書いて「るつぼるつぼ」にはならず「るつぼ」である。るつぼの世界は奥が深い。 決まり文句になった言葉からは元の意味が薄れ忘れられるという、意外にシリアスなおしえ。それにしてもるつぼを見たことがない。
(2009.01.21) 「れ」んじゃーの……
レンジャーのすごさ
レンジャーという言葉は様々な場面でつかわれる。 例をあげればあげるほど、レンジャーのことがよくわからない。今までの例からなんとなく共通するものがわからないでもないが、それをひとことで言うすべがない。ただひとつはっきりしていることは、レンジャーはすごいということである。どの例をとっても、明らかにただものではない。
(2009.01.23) 「ろ」っくかどうかで……
ロックかどうかで全てを決める
キープ・オン・ロックンロール。それは音楽に限らず、生き方の問題でもある。人生はロックだと、ときに人はいう。 しかしロックかどうかで全てを決めるとなると考えものである。散財するかどうかの場面で散財するのがロックであり、暴力をふるうか否かの場面でふるうのがロックである。転がる石のように生きると、だいたいにおいて痛い目をみる。それはごく一部のロックな人にだけ許されることであって、あなたは決してシド・ヴィシャスでも内田裕也でもないのだ。
(2009.01.26) 「わ」ーおと……
ワーオ!と言うとき
ワーオ!とわれわれはふだん果たして口にするだろうか。英語圏ならばあるいは。しかしここが日本であれば、どうか? 人がワーオ!と言うときはめったにない。ワーオ!と言うやからには何かがある。注意を払うべしという教訓。
(2009.01.28) 「ん」……
ん? 最終回なの?
最終回。それは突然やってくる。彼らの戦いは始まったばかりであり、次回作にご期待すべきなのである。第一部完であり、おおむね第二部はないのである。 最終回だと盛り上げるのもいいが、それも大多数の人間にとっては何の影響もないものである。なにもこんなときに言わなくてもいいようないましめ。
(2009.01.30) |
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ついに、ら行も終了まできてしまいましたね。
わの後、を、ん、がどうなるのか楽しみです。
さらにその後もどうなるのかとても楽しみです。
(2008.03.14)