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月別ログ

 2007年12月

ここではコーナーにこだわらず、書かれた順に月別で記事をまとめています。

五十音格言

FROM サ行〜タ行

「せ」んとらる・りーぐを……

ントラル・リーグをセ・リーグと略するのはやはり無理があった

 しばしば忘れられがちであるが、セントラル・リーグ略してセ・リーグである。時にはセントラルリーグ略して「セ」だったりすらする。あまりにも原形をとどめていないのではないか。そして「パ」はパシフィックリーグである。パシフィックを略してパと呼ぶ、そこに無理を感じずにはいられない。
 転じて効率だけを追求する社会や、言語を大事にしない若者文化に警鐘を鳴らすことばと言えば聞こえは良いが、基本的には「『セ・パ』ねえ……」と言いたいだけのことば。

こちらゲーム開発部

FROM 写真置き場

セールストーク

 会社にほど近い某書店にて。

 言わんとすることはわかるし善意で書かれたPOPなのだと思いますが、絵を描く職種にたずさわる者としてはこのド直球ストレートな表現にはちょっと複雑な気分になったり。

 そのうち表現がさらに先鋭化して、何かの漫画に「思ったよりおもしろい」とかPOPが貼られたりしたらどうしよう。

文と写真

市原康司 グラフィッカー。さいきん好きな漫画は『コトノハ学園』。


になえ!

FROM 第30回

9月6日の投稿より (3)

お題:次のお題、何にしよう?

リスペプラーはなぜあんなに凛としているのか?

(たいやき)

● たしかに前々から気になってはいたが、それをいま聞くべきなのか。

五十音格言

FROM サ行〜タ行

「そ」りこみを……

り込みを入れる時は細心の注意で

 一期一会。一度入れたそり込みは時が経つまでは取り返せないし、待っている間は中途半端な長さで青々として恥ずかしい。左右のバランスをしくじれば大問題である。そりを入れすぎた右に合わせるために左を深くそり込むと、今度は右が浅くなる。くりかえしているうちに、いつしか鬼ゾリである。

 こうした事ととりあえず無関係に、いまこの時代にそり込みを入れるか。そりを入れる前にまずそこをよく考えよ。という時代を詠んだことば。

になえ!

FROM 第30回

11月2日の投稿より (2)

お題:次のお題、何にしよう?

の前におさげの女子高生が! おさげさわっていいですか?

(らんだ〜ば〜ん)

● お題にするまでもなく、今すぐにその欲望を抑える努力をすべきです。

五十音格言

FROM サ行〜タ行

「た」んばりんは……

ンバリンは持っているだけで場違い感が湧き出る魔法のアイテム

 はたしてこの日本にタンバリンが似合う人間がいるのだろうか。
 無造作にタンバリンを持ってみる。立ち尽くすその手にタンバリン。これでは絵になるまい。
 ではやる気まんまんに腰を落とし眼前にタンバリンを構える。もちろん空いた片手はタンバリンを叩くために正眼のかまえ。やはりこれもおかしい。いくらタンバリン演奏がうまくとも、いやむしろうまければうまいほどそこに漂う場違いな印象。

 タンバリンが持つユーモラスな形状とにぎやかなサウンド、その一方で楽器として必要とされる高度なリズム感とテクニック。この二面性がタンバリンの立ち位置を微妙なものにしている。
 タンバリンの前に人は無力である。誰もタンバリンの場違い感を止めることはできない。そんな偏見を示すことわざ。

Amazon様に願いを

FROM 人生とはなんだ 編

素敵なタイミング

 人はAmazonだけでどこまで生きられるか? という企画では決してなかったはずのこのコーナー。私はあの日のなすびさんの事を決して忘れませんが、それにつけても思うのはこのコーナーは過去お金お金と、お金のことしか考えていなかったということです。人としてそんなことではいけない!
 しかしそうは言っても、人としてAmazon様のサーチ欄で探すべきは何なのか、人生経験の少ない私にはなかなか出てきません。
 ここは逆転の発想。分からないことがあればAmazon様に聞いてみましょう。

サーチ :一番大切なもの


 俗にこの世で一番かんじんなものといえば素敵なタイミングと決まっているので、Amazon様には「一番大切なもの」をおたずねしてみました。全検索結果はこのリンクの通りですが、なんといっても気になるのはこの一冊です。

 なぜこの検索結果の中に劇画『太陽の黙示録』が!? 商品ページを検索しても「一番」も「大切」も「もの」もひとことも出てこないのに! Amazon様はああ見えてビッグコミックの愛読者だったのでしょうか。なんという意外な一面。
 たしかによく考えればAmazon様もおすすめの『太陽の黙示録』は、大震災で未曾有の混乱におちいった日本を描いた作品。その中で虚々実々の駆け引きをまじえつつ未来を見すえたくましく生きる男たちの姿に「一番大切なもの」を見出すこともできるでしょう。なるほど!(曲解) Amazon様の言わんとすることが私にも分かった気がします(曲解)。

 それにしても椎名へきるさんのマキシシングル『この世で一番大切なもの』ってどうして3バージョンもあるんでしょうか

になえ!

FROM 第30回

9月19日の投稿より (2)

お題:次のお題、何にしよう?

、5歳ぐらいの子にキーボードで遊んでもらう→Enterキーを押す→はい、出 来上がり!

(ライチ)

● 7hgwrぽhぜdrf−0い。

五十音格言

FROM サ行〜タ行

「ち」ょうのよみがなは……

「超」の読みがなは「スーパー」

 「超サイヤ人」と書いたとき、それは「スーパーサイヤ人」と読まれる。ここでかんがみるに「超サイヤ人」を他のことば、たとえば「超新星」や「超現実主義」、「超小型処理装置」などと比べると、「超サイヤ人」の方にむしろなじみがあるのが人というものだ。ならば「超」の正しい読みは「ちょう」よりもむしろ「スーパー」と言うべきであろう。そんな鳥山先生への感謝と尊敬の念をあらわしたことば。

になえ!

FROM 第30回

10月21日の投稿より

お題:次のお題、何にしよう?

「(読者の投稿)」ところで、次のお題、何にしよう?

(KINE)

● お題を決めるのはおろか、投稿を読む努力すら放棄か。

五十音格言

FROM サ行〜タ行

「つ」んくには……

んくには数多くの借りがあるのだ、僕らは。

 なんだかんだ言っても我々はつんくに多くの借りがある。今はまだ学生や社会人一年生だったとしても時は流れる。結婚し、子供が産まれ、家を買い、家族に囲まれて団らんの中で、ふとたまたまテレビに映っていた1990年代の懐かしの映像に目をとめる。つんくの笑顔がそこにあった。流れるシャ乱Q、モー娘、ハロプロ。いつの間にかあふれてくる涙。そう、僕らはつんくに数多くの借りがあるのだ。

 転じて、ブームがある程度去った後は、寝かし所が大事になるというおしえ。

になえ!

FROM 第30回

9月2日の投稿より (4)

お題:次のお題、何にしよう?

21世紀の石原裕次郎を探せ!

(ギャルボス)

● それは、もういい。

Amazon様に願いを

FROM 人生とはなんだ 編

人はみな愛を探す狩人

 Amazon様の言葉は絶対である! そんなかたよった全体主義思想を広めるのがこのコーナーでは決してありませんが、Amazon様に人生の指標をおたずねするのは本当という色々間違ったこのコーナー。担当はAmazon様に一生ついていきますが、人はそれだけでは生きていけないもの。いま担当が欲しいものはこれです。

サーチ :愛が欲しい

 欲しい物をサーチ欄に入力するという意味では非常に正しいAmazon様の使い方だと自負しています。
 検索結果を見ると、和書にちょっとこの場で紹介するにはドキドキするような本が出てきたり、クラシックでは『愛のヒーロー』という担当のクラシック観をくつがえすようなタイトルのCDが見つかったりと様々な結果が出ています。

 そんな中でも特にストレートに担当の想いを反映したのがこちら。

「愛が欲しい」、そしてその後には「独身」を意味する「Single」! なんと空気を読んだ検索結果でしょうか。担当の心は余計なダメージを負っています。
 さらにジャケット画像があるはずの場所には「イメージがありません」という表示が! 愛が欲しいとばくぜんと言ってはいるものの、そこに明確なイメージのないことが突きつけられました。担当の心の傷口に塩が塗りこまれました。
 さらに購入しようとリンクをクリックしてみると、「中古商品(2点:¥8,000より)」という結果が。
 なんということでしょう! 担当の心のダメージはドラクエでたとえればウィンドウがオレンジ色になるほどです。愛は現在在庫切れで中古の愛だけが定価(なんの?)よりはるかに高い値で取引されているのです。
 かのTRFも「愛がもう少し欲しいよ」と歌っているのにこの仕打ちなのです。助けて、愛のヒーロー

五十音格言

FROM サ行〜タ行

「て」んしにからめた……

使にからめたことわざを言っていいのはフランス人だけ

 たとえば俗に、にぎやかな場が不意にシンとする静寂を指して「天使が通りすぎた」という。しかしだからと言って「いま天使が通りすぎたね」と実際に口に出してしまうのはどうだろうか。そんなおしゃれが許される人間がいるものだろうか。向かいの席からコップの水を頭にかけられようと文句は言えまい。周囲から料理を投げつけられてもいたしかたあるまい。天使にからめたことわざは危険である。

 どうしても天使にからめたことわざを言いたくなったら、まず冷静に自分を見直すべきだと示す格言である。自分ははたしてフランス人なのか。フランス人でないのならそっと口を閉じるべきなのだ。

こちらゲーム開発部

FROM 日記めいたもの

バイト語・それから

 1年以上前になるが、「ありがとうございまっせー」という謎のバイト後を駆使するコンビニ店員(妙に威厳のある年配の人なので私は勝手に店長とにらんでいる)のを書いた。
 それからほどなくしてシフトが変わったのか、店長に会うことはなくなっていった。あれ以来「ありがとうございまっせー」は聞いていない。やはりかの店長独特の表現だったのだろう。

 そして今日、たまたまいつもより少し早めに出勤すると、そこには例の店長がいた。

 かれこれ一年ぶりになる。今でも彼は「ありがとうございまっせー」なのだろうか。さすがに上役に怒られているだろうか。店長だとしたらそれもないのか。
 私はそんなことを考えながらパンを買って、レジをあとにする。
「ありゃっせー」
 て、店長!

 店長、ちょっと落ち着くんだ。ありゃっせーってなんだ。悪化しているじゃないか。
 「ありがとうございました」を「ありゃっしたー」と短縮するならまだしも、この場合もとの「ありがとうございませ」の時点でおかしいのに、それを短縮したらもう何がなんだかわからないだろう。
 なにか店長発信で流行らせようとでもしているのか。どんなコンビニだ、それは。
 言いたいことは山ほどあるが、「ありゃっせー」は自動ドアをまたぐ私の背中にかけられた言葉であって、もはや振り返ることもできない。

 あと1年後に彼がどんな進化をとげているか、確かめるすべがあればぜひ確かめたい。

ラ河 Web担当。